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プロフィール

略歴

1955年、大阪市生まれ。
両親の影響で幼少期から熱心な創価学会会員となる。
市内の私立高校に進学するも中退、その後経理学校に入学するが半年で退学し、建設関係の仕事に従事。
17歳の時(1972年)に、暴力団とのトラブルに巻き込まれたことがきっかけで、ヤクザの世界に入る。
その後、結婚や刑務所生活、逃亡生活などを経て、1991年に神学の学びに入る。
現在、牧師としての活動のほか、犯罪者の再犯防止、青少年育成などの活動に従事。

肩書

「シロアムキリスト協会」牧師
「人生やりなおし道場」理事長
「ふるさと志絆塾」塾長
「府中刑務所」教誨師

ヤクザ~神学校時代

大阪ミナミの大晦日の夜、ヤクザとぶつかったことがきっかけで、鈴木さんの運命は急転落下しました。「ヤクザに対抗するには自分がヤクザになるしかない」、そう思って極道の道に入ることを決心したそうです。

そんな鈴木さん、激動のヤクザ生活が続いていましたが、もともと「博徒」に憧れがあったこともあり、気付くと本気で「博打打ち」を目指すようになっていたそうです。30代中頃にはその世界では有名な存在になっていたそうで、雑誌のグラビアに掲載されたこともあったようです。

しかし、ギャンブルは浮き沈みが激しいもの、気付くととんでもない借金を抱えていました。

そんな中、偶然行ったコリアンクラブで、のちに結婚することになる韓国人女性(現在の奥さま)と出会ったのです。この時鈴木さんは32歳になっていました。その女性が救済を求め教会に行くようになったため、鈴木さんも教会に行くように。

ある時、牧師のススメで二人は結婚することになりました。そして元々博才があった鈴木さん、当時2億円ほどあった借金がなんと半年で無くなったそう。

そんなことあるんでしょうか、でもこれは神の奇跡ということんなんですかね。

しかし、ここで鈴木さんは借金という重荷が無くなったことで調子に乗ってしまいます。教会通いをしているなか、更生しつつあったのですが、再びヤクザの道に突き進んでしまいました。

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そして、殺されても仕方ないような事態を招いてしまい、必死で逃亡を続ける生活に。心身ともに疲弊してしまったそうです。他人に迷惑をかけまくり、生き恥をさらし、情けない、もう死ぬしかない、そう思った鈴木さん。

そんな時、体が不調を訴えるなか、歌舞伎町の韓国人牧師の教会に駆け込みました。

24時間開かれている教会のドア。これは鈴木さんの人生を変える、運命の出会いでした。「もしもイエス様がオレの親分だったら、オレは残りの一生をこの方に捧げてみたい」、そう思ったそうです。

 

引用元:わいがや倶楽部「君の背中に贈る言葉/vol.6」

この辺の話の詳細はぜひ上記の記事を読んでください。「レ・ミゼラブル」のミリエル司教とジャン・バルジャンとの出会いを思い出すエピソードではないでしょうか。

このことがきっかけとなり、やがて鈴木牧師は、神学校に通うようになったそうです。

神学校時代、牧師、更生活動、そして現在

神学校時代、そしてミッション・バラバの設立

1991年、今までないがしろにしていた奥さんと東京で同居するようになり、神学の学びに入ります。学びをしながら、工事現場で働き、仲間と国内や韓国で十字架行進を行った神学校時代。

この十字架行進ですが、なんと重さ40キロの十字架を背負っての行進だそうです。強い想いがないとできないことですよね。

そして93年、鈴木さんほか数名の元ヤクザと十字架行進をした仲間らとで、伝道団体「ミッション・バラバ」を設立しました。

97年に3代目の会長となった鈴木さんは、翌年、ある出会いを契機に、アメリカ大統領(当時はクリントン)主催の米国国家朝食祈祷会に招待され、多くの人の前で日本人として初のスピーチをすることになりました。

このことは、とても話題となり、国内外の多くのメディアに取り上げられました。

ミッション・バラバを元にした映画

みなさんは、2001年に公開された映画「親分はイエス様」をご存知でしょうか。先述したミッション・バラバによる著書「刺青クリスチャン」(1998年)を原作として、映画化されたものです。

激動のヤクザ時代、かけがえのない女性との出会い、そして夫婦生活、神学校での学び、十字架行進・・・、賛美歌「アメイジング・グレイス」をBGMに感動のストーリーが展開されます。渡瀬恒彦を主演に、奥田瑛二、ガッツ石松、増田恵子など、豪華な顔ぶれです。

「人生はやり直せる」、鈴木さんらの実体験をもとに、淀みのないこんなメッセージが込められた映画です。

刺青(いれずみ)クリスチャン

著書「刺青クリスチャン」

親分はイエス様 [DVD]

映画「親分はイエス様」

牧師として、更生活動について

1994年、神学校を卒業後、牧師となるためのインターン活動をしていた鈴木さん。錦糸町の韓国系教会で牧師をしていましたが、95年に千葉県船橋市に「シロアム・キリスト教会」を開拓(のちに柏市に移転)し、主任牧師として活動をすることになりました。

ちなみに、この「シロアム」というのは、主イエスが盲人をいやされた「シロアムの池」にちなんだ名前のようです。中途失明者の牧師による、視覚障害者への伝道を主な目的として1948年に創立された、プロテスタント教会なんだそうです。

その後、2014年に札幌市に分教を開設。地元メディアでかなり話題となったようです。もともと、それまで約10年にわたり札幌の人々の悩みを聞き続け、自殺者の減少などの手助けをしていたそうです。

そのような経緯があり、札幌のシロアムは、教会であるとともに、NPO法人「人生やり直し道場」(鈴木さんは道場長)の活動拠点にもなっているんですね。これが平成の「駆け込み寺」と呼ばれている所以です。

そのほか、鈴木さんは、若者の起業を応援する「ふるさと志絆塾」の塾長として、犯罪者の再犯防止のため府中刑務所で教誨師としての活動を行っています。それらに関連して、さまざまな企業や学校、団体での講演活動、チャリティー活動など、多忙を極めているようです。

まとめ

――最近、またタレントが薬物による容疑で逮捕されました。薬物犯罪について、それぞれの思いを教えてください。

~中略~
進藤:やめるっていうことが目的じゃなくて、やめて、その後どうしたいのか、どんなふうになりたいのかっていうほうがよっぽど重要なんですよね。それに、よりどころである信仰があれば、なおいいのですが。薬物をやめるって、たやすいことじゃない。だから、キリスト抜きには僕は不可能だと思ってる。

鈴木:本当そうだよ。俺もいろんな人を見てきたけど、どんな形であれ、更生できた人っていうのは、信仰を持った人だけだね。信仰を持った人というのは、負荷がかかった時、誘惑があった時に、きちんとよりどころがあるんだよね。これは大きいよ。覚せい剤っていうのは「悪魔のクスリ」だからね。神様以外には勝てないと思っています。

引用元:Christian Today「刑務所伝道シリーズ特別編 鈴木啓之牧師×進藤龍也牧師対談(後編)」

これは2017年10月の記事ですが、今現在のタレントの薬物汚染の状況となんら変わらないですね。今まで多くのヤクザを更生させてきた鈴木牧師の言葉には、テレビのコメンテーターにはない重みがあります。

更生するのは簡単じゃない。だからこそ、拠り所は神への信仰なんだと。

これからも鈴木さんは牧師として、教誨師として、救いを求める人に手を差し伸べ続けるでしょう。

イレズミ牧師のどん底からの出発法

著書「イレズミ牧師のどん底からの出発法」

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