こんにちは。キローコです。

4月13日は喫茶店の日だそうで。

日本で初めて喫茶店を開店したお店が「可否茶館」というんですって。

かひさかんって読むのですが、今でもあるのかな?

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可否茶館(かひさかん)の場所はどこ?

まずは場所から確認。

調べてみると、開店は1888年4月13日

ですが、5年後の1893年には閉店しているんですって。

ありゃりゃ。残念。

 

しかし、初めての喫茶店ということで、跡地が残されています

住所は〒110-0005 東京都台東区上野1丁目1−1−10

Googleマップさんにはちゃんと登録されていましたよ。

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ストリートビューでみてみると・・・

ローソンのところみてみてー

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ありました!

 

コーヒーカップの形をしているんですね。

出典:https://aka-link.net/ueno-navi/hassho_kissaten/
出典:https://aka-link.net/ueno-navi/hassho_kissaten/

 

可否茶館(かひさかん)について

可否茶館は1888年に開店しましたが、当時は鹿鳴館が建設されて
海外の文化が入ってきた時代だったそうです。

鹿鳴館。学校でならったなぁ。

 

木造の西洋館(二階建て)につくられていて、
ビリヤード、トランプ、クリケット、碁、将棋が楽しめるほか、
硯に便箋や封筒もおき、更衣室、化粧室、シャワー室までも常備されていたそうです。

なんだかホテルみたいw

 

当時おそばを食べるのに八厘必要だったそうですが、
可否茶館は珈琲一杯一銭五厘、牛乳入りは二銭で販売していたそうです。

めっちゃ高額!

 

わずか5年で閉店してしまったのは、
商売としてうまく回すことができず、借金をかかえてしまったからだそうです。。。

 

最初からうまくいくのは難しいことだとキローコは思っていましたが、
それでも5年続いたってすごくないですか?

 

店長について!

可否茶館の経営者は鄭永慶(ていえいけい)っていう人だそうです。

出典:http://web01.cims.jp/moon/kahisakan/sub2.html
出典:http://web01.cims.jp/moon/kahisakan/sub2.html

中国の人かと思いましたが、日本人なんですって。

別名があって、西村鶴吉さんっていいます。

安政5年生まれ

肥前長崎出身

 

お父様が外務官で、
代々中国の通訳を仕事にしていた家系だそうです。

鄭永慶さん自身は14歳で英語・仏語・支那語を話せるようになっていて、
16歳にはニューヨークのエール大学に留学していたのだとか!

ものすごい視野の広い方だったんですねー。

その後病気を患って大学を中退し、帰国。

英語の教師をした後、大蔵省に入りますが学位をもっていないことで
出世できず辞職。

さらに自宅を火事で失ってしまうというアクシデントにみまわれつつも、
そこに西洋館を新築しました。

育英事業をやりたいと思っていたそうですが、
借金をかかえていたため、
少しでも返済の足しになるようにと喫茶店を開業したんですって。

 

喫茶店にしたのは、アメリカでの生活で
庶民が気軽に交流できる場としてのコーヒーショップを見てきたからだそうです。

実際は珈琲一杯一銭五厘というちょっとセレブの人でないとたしなめない状況ではありましたが、
気軽に交流できる場を提供したいっていう志があったんですねー。

単なる西洋かぶれさんじゃないってことがわかりました。

今ではいたるところに喫茶店に入れる時代になって、
タイムマシンで鄭永慶さんを連れてきたら、
きっと喜んでくれるでしょうね!

最後までおつきあいありがとうございます。

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